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終末期医療について・・・
昨日書いた終末期医療について厚生労働省からガイドラインの案がでたようですね。

余命3週間、本人意思が前提=がん終末期医療に指針案-厚労省研究班
6月6日15時0分配信 時事通信


 厚生労働省研究班(班長・林謙治国立保健医療科学院次長)は6日までに、治る見込みがないがん患者の延命治療を中止する際のガイドライン(指針)の試案をまとめた。終末期を「余命3週間以内」と定義し、患者本人の意思を前提に、治療中止の範囲を、「人工呼吸器(の装着)などすべての治療行為」としており、国が今年春にまとめた指針より踏み込んだ内容となっている。
 試案は、終末期について、複数の医師が複数回にわたり診察するなどした結果、余命3週間以内と判定した時と定義。延命治療の中止は、(1)本人が2年以内に書いた文書で意思表示した(2)立会人の下、本人が口頭で意思表示した(3)家族から本人の意思が推定でき、家族が承諾した-場合とし、治療中止の範囲を「人工呼吸器(の装着)、栄養の補給、輸血、投薬などのすべての治療行為」と定めた。
 また、患者の意思が確認できない場合や、認知症や知的障害があり、本人による判断が困難な場合、15歳未満の場合などは対象にしないと明記した。
 試案の対象は、終末期のがん患者のみとし、救急、難病、エイズなどの患者については別途検討するとしている。(2007.6.6時事通信)
 


ガイドライン化することについては医療・・・特に医師からは反発もあるようです。

個々の患者によって画一化したルールでやっていくのは病院側の責任逃れになるという理由ですね。

また、患者、そして患者家族にとってみれば医療を少し判る人と、全く医療と無縁だった人では医師の説明を納得できる人と、納得できない人が出てくる訳で、ルール化するのは難しいということですね。

でも、ある程度のルールは必要だと思いますから、まあ是としたいところです。

責任逃れではなく、終末期の患者、患者家族に対して、一人の医師だけでなく、病院全体で看ていきましょうという前向きな姿勢でいて欲しいと思います。



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テーマ:医療・健康 - ジャンル:ニュース

コメント
この記事へのコメント
ふむ…
昨日の記事から拝見しましたが、これは難しい問題であると同時に、人によって意見が別れる問題ですね。
宗教観や思想でも、異なるでしょうし…。


ガイドラインが出来ても、最終的には医師の人間性に依るところが大きいと思います。しかし、医師は人の命を救う為に存在する者…。おそらく、下した決断は一生背負って行かなければならない業となるでしょう。しかし、それに麻痺してはいけないのだと思います。

ましてや、ガイドラインが医師の重荷を軽くするものであってはならないと思います。人の命に幕を下ろす事は、それだけ重いことだと言う事を、忘れないで欲しいですね。


2007/06/07 (木) 20:35:53 | URL | 考える葦さん @管理人 #-[ 編集]
難しいですね
葦さんの言うとおり、命を軽いものだと思うようになっては
おしまいだと思いますが、重く考えていたら
いくら『中止してもいいよ』というガイドラインができても
なかなか、やりたがらないのではないでしょうか。

呼吸器やら何やらいっぱいくっつけられ、意識もないような状態で
無理やり生かされたくないですからね。
でも3週間とか微妙ですよね。あたしは治る見込みがないなら
とっとと死にたいです。癌とか最悪ですよね。
モルヒネ打たれてまで痛みに耐えて死しか待ってない未来の為に
生きなきゃならないなんてバカバカしいですよ。

考え方は人それぞれ、特に人の死に関する事でしょうから
なかなか簡単には答え出せないんでしょうね…
2007/06/07 (木) 23:26:17 | URL | yu-koさん @管理人 #-[ 編集]
考える葦さんへ
コメントありがとうございます。

そうですよね。おそらく人それぞれ考え方はあると思います。それでいいと思うんですよね。
私の考えを強制しようとは思わないですしね(^^)

このガイドラインについては・・・人の命というものは尊いものである訳で、医者の判断だけで、しかも紙の上のルールだけで決められてはたまったものじゃありませんものね。
だから、逆に病院の責任逃れになってはいけないと反発する医師も多いようです。
終末期医療に真剣に取り組んでおられる医師がいますから、自分が、そして自分の家族が病気になったときには、そういういい医師に担当してもらえることを祈りたいですね。
2007/06/07 (木) 23:56:44 | URL | えす1964さん @管理人 #-[ 編集]
yu-koちゃんへ
コメントありがとうございます。

簡単ではないよね。私もルールを作ればいいという問題じゃないと思う。

死に向う姿勢は人それぞれ違う訳で・・・そしてそれを受け入れる家族にしても考え方はさまざまだろうし・・・

私もこうだと結論付けるつもりはないんだよね。
ただ、私の年齢になってくると、そういうことがいつ身近に起きるか、自分の身にふりかかってくるかわからないから、ちょっと立ち止まって考えてみたいと思ったんです。

ただ、私は機械で生かされるくらいなら着けないでくれとお願いすると思う。
2007/06/08 (金) 00:00:52 | URL | えす1964さん @管理人 #-[ 編集]
終末医療
 僕は業界関係者なんで、それなりに思うことはあるんですが、、、

 現実として、終末医療に至る以前の段階で、受け皿自体が少ないのが問題ですね。

 今回決まったのはガンについてのみで、これは事前に病状の進行からある程度の見通しが立ちますが、不慮の事故や難病は、判断以前に医療が受けられるかの問題があります。
 少し前に、うちの後輩の親御さんが交通事故で植物状態になり、終末医療を見据えた受入先を探したんですが、かなりの時間を要しました。
 ほぼ全国の大学病院の教授クラスにコネがあってもです。(コネがあるから優先的に入れると言うわけではなく、受け入れてくれる病院の存在を探しやすくなる、という意味です)
 それだけ、終末医療の需給バランスが取れていないんですね。

 あと、同時に語られるべき問題に、尊厳死があると思います。
 重度の要介護者を巡る痛ましい話が後を断ちません。中には、受入先があれば起きなかったであろうものもあります。

 しかし、僕は、その種の問題の責任を全て医療従事者側に押しつけるべきではないと思っています。

 これらの問題の基準整備は難しいですが、前進すればそれだけ受入先が増えるでしょうし、多くの終末医療を受けたくても受けられない患者様と家族が救われると思います。

 すごくいいテーマを与えて下さって、ありがとうございます。
 僕もこういうエントリーを上げなきゃですね(^^;
2007/06/08 (金) 17:56:17 | URL | marさん @管理人 #b5.M5V.g[ 編集]
marさんへ
コメントありがとう
こういう基準を作って医療側の負担を少しでも軽くできたらいいんだろうけれど、このガイドラインを逆手にとって医療側の責任逃れになってしまうことは避けたいですよね。
今回は癌だけですが、本当はmarさんが言われるように不慮の事故や難病、脳梗塞など突然重症になるケースの場合・・・どうなるのか不安が残ります。

ただ、受け入れる病床が少ないというのは解せないですよね。
行政側でベッド数の制限をしているわけですから・・・
2007/06/09 (土) 11:27:41 | URL | えす1964さん @管理人 #-[ 編集]
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