ありきたりの毎日の中で 
毎日仕事に追われてしまって、ちょっとした出会いや感動を忘れがちになっている自分がいます。そんな些細なことを書いて行きたいと思います よろしく!

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延命治療はいいことなのか?
 医師、呼吸器外しで7人死亡――。2006年3月、そんな鮮烈な見出しで新聞各紙が報じた射水市民病院(富山県射水市)の“安楽死”事件。「医師による延命治療の中止は是か非か」という難問を社会に突きつけることになったこの事件は、報道から1年以上たった今でもしばしば議論の俎上(そじょう)に載せられる。


この話題・・・
事件発覚当時はマスコミがこぞって取り上げましたから知っている方は
多いと思います。
この記事は当事者である外科部長(もう現在はその病院にいないので厳密には元・・・ということになりますが)のインタビュー記事でした。
マスコミ自体はさも「有罪」かのような報道を繰り返してましたけどね、今現在もこの先生は起訴されていませんし、正規の勤務医ではないですが、嘱託医として医療現場に立っています。
そして、この医師はその延命治療を中止した患者家族のどこからも訴えられてはいません。
ましてや現場復帰の嘆願書まで患者の方から出たという・・・
ということはどういうことかってことですよね・・・


まあその話はおいといて・・・


問題となった「延命治療の中止」について、私が思うことを少し・・・
というか、私が患者の立場であれば・・・

その医師はこう言っています

私が人工呼吸器を取り外した患者さんのケースには、次のような流れがあります。患者さんの対光反射が消え、ほかの脳幹反射が消え、脳死状態となったとき、まず私とスタッフ全員が短い言葉で既になすすべがないことを確認し合います。
 患者さんの状態の変化は明らかですから、家族もそれを察知して私に説明を求めてきます。「機械で呼吸をしているが、もう二度と目を覚まさない」と説明すると、多くの家族は「機械を付けたまま生き続けられるのか」と聞く。それも時間の問題だと伝えると家族は「患者がかわいそう」「本人は嫌がるだろう」と話し、「もうやめてほしい」と私に訴えてきます。こうしたやり取りを経て、延命治療の中止を決めるのです。


まあ、恐らくは精一杯の治療を行ってきた過程があって、その場に至っているからこそできる事だとは思うけれど、できることなら、複数の医師で統一見解を出した上で、スイッチは切るくらいの余裕は欲しいかもしれません。



もし、私自身が患者の立場であったなら、機械に生かされている状況。そして、頭で考えることもできない・・・ただ呼吸させられているだけの状態・・・
これを続けることに何の意味があるだろう・・・
それなら、そういう状態になったら、あっさりと機械のスイッチは切って欲しい。・・・そう家族には伝えたいと思う。
確かに、家族は悲しむだろう・・・そして悩むだろう・・・でも、  それは1日後でも1ヶ月後でも同じ事。
可哀想だと思うならスイッチを切ってと私なら言うと思う。

もし自分の子供がそうなら・・・
これは難しい問題ですよね。それでも、回復の見込みがないのであれば・・・逆に可哀想なだけだものね・・・死ぬほど悩むと思うけれど・・・最終的には切って下さいとお願いするかもしれない。
もちろんこれについては、そこに至る過程が大事だと思うけど・・・。

もちろんこれは「脳死」という判断があってのことで、万が一でも回復の見込みがあるのなら、精一杯の治療をお願いするよね絶対・・・

ある医師がこの記事にコメントしていました。

現場の医師は「医療費の無駄だから」「他の患者さんに力を注ぎたいから」という理由で救命の努力を放棄することはあり得ません。現在それが唯一「許されている」のは巨大災害など、医療需要が供給を圧倒してしまった場合のみです。

患者、そしてその家族からしてみれば、こういう考えの医師に治療にあたって貰えれば安心してまかせられるだろうし、もう回復の見込みがないという判断を受け入れられるのだと思う。



とりとめのない文章になってしまったけれど・・・終末期医療というのはとても悩ましいところですよね。その医療を受ける患者、患者家族、そして医療現場を含めて・・・

私個人としては「いかに生きるか」そして「いかに死ぬか」ではなく、
「いかに人生を終えるか」ということを大切にしたい。

そのためには、ただ生かす(呼吸を機械でしている)だけの延命治療は止めて欲しいと思う・・・


それは個人を生かすことではないと思うから・・・



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テーマ:医療・健康 - ジャンル:ニュース

コメント
この記事へのコメント
難しい問題ですね。。。
えすさん、こんばんは!

もし私自身が患者の立場であったなら、えすさん同様、延命治療はやめてほしいと思うでしょう。もう回復の見込みがないのなら、機械で少しの間だけ生き続けるよりも、自然の状態で死んでいきたいと思うでしょうね。

でも、例えばそれが夫だったら。大好きなおばあちゃんだったら。治療をやめるとは言い切れません・・・。
もしかして奇跡が起こるかも!という想いもあるし、愛する人が死ぬ、という現実を受け入れられない(受け入れたくない)という想いもあります。ワガママですよね(^_^;)
とは言え、実際にその状況(愛する人が機械に生かされている現実)を目の当たりにすれば、また感じ方、考え方も変わってくるのでしょうね・・・。
2007/06/06 (水) 21:37:27 | URL | guwaさん @管理人 #-[ 編集]
これは
難しい問題ですね。
そうなるまでに十分生き抜いたと思っていれば、そのまま逝きたいと思うでしょうけど、その時点でやりたいことが残っていれば…

それと、脳死判定の精度に対する検証も必要ですね。
2007/06/06 (水) 22:15:37 | URL | ビートニクさん @管理人 #-[ 編集]
guwaっちへ
コメントありがとう。

確かに、やめる判断をするという、その1シーンを切り取れば、特に自分が大切な人であればあるほど、判断できないよね。
だからこそ、そこに至る過程が必要だと思うんですよ。
そこに至るまでに懸命の治療がなければ、医師には「人殺し」というかもしれないし・・・
だからこそ医師には一生懸命死に向う患者と向き合って欲しいと思いますね。
2007/06/07 (木) 00:12:24 | URL | えす1964さん @管理人 #-[ 編集]
ビートニクさんへ
コメントありがとうございます。

本当に難しいですよね。この医師も書いていましたが、脳死や終末期医療のガイドラインができればいいのではないと・・・
それだけ、単純じゃないということなんでしょうね。

私もおそらく意識がある間は絶対に生きたいと思うと思いますよ~。
ただ、意識もないのに体だけ生かされているというのは・・・生きているとは言えない気がするんですよね・・・

だからこそ、信頼できる医師に治療をしてもらいたいものですね
2007/06/07 (木) 00:18:08 | URL | えす1964さん @管理人 #-[ 編集]
ウチの場合
オイラは「意識がすでにないのに管につながれ、呼吸するだけの肉塊になってまで生き延びたくはない」と妻に既に言っています。妻は多分、躊躇なく外してくれると思います。その前に息の根を止められるかもしれませんが(爆)

それはともかく、一昔前ならとっくに死んでいるのに、今なら機械で生かすことができるというのは、どうなのかなぁと疑問に思ってるんですよね。身内にそういう経験があるものですから、なおさらで…。
2007/06/07 (木) 10:27:53 | URL | こめろんぐさん @管理人 #-[ 編集]
こめろんぐさんへ
コメントありがとうございます。
そうなんですよね。オイラも穴という穴に管が通され、意識も無いのに・・・そういうの嫌ですよね・・・逆の立場であれば可哀想だと思うし・・・
オイラもカミさんにはそういう病気になったときには延命治療はするなと言ってます。

身内の方にそういう経験があればなおさらでしょうね・・・

ただ、形だけの延命治療なら止めて欲しいですね・・・
2007/06/07 (木) 11:37:08 | URL | えす1964さん @管理人 #-[ 編集]
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